
博多人形の由来
博多は古くから、東アジアなどの大陸と交流の歴史があり、博多織や博多人形といった工芸品にもその影響がみられます。素焼きの人形を愛でる習慣は発掘調査の成果により明らかになり、約800年前の鎌倉時代、博多、鎌倉の華僑街や寺社を中心に始まったことがわかりました。その後、関ヶ原の合戦で活躍した黒田長政の筑後入国に伴って多くの職人が集められ、その職人たちによって現在の伝統工芸の下地がつくられたといわれています。江戸時代後半に正木宗七(宗七焼)や、中の子吉兵衛、白水武平といった名工達が活躍して業界は著しく注目され全国に流通するようになりました。現在では、明治の後、パリなどの国際的な博覧会で高い評価を受け日本を代表する人形として「博多人形」の名で知られるようになり、海外へも輸出されています。
博多人形の特性と種類
博多人形の題材がバラエティに富んでいると言われるのは
それぞれが持つ独自の趣・様々な変化に合わせて
作品へ昇華する為の常日頃の研究努力によるものです。
日本画、彫刻等から学びとる芸術性への姿勢は
博多人形の性格に大きな影響を与えているのです。
美人もの歌舞伎もの能もの
節句もの黒田武士相 撲
縁起もの高 砂童もの
博多人形ができるまで
博多人形ができ上がるまでには、伝統的技法によるいくつもの工程を必要とします。
土ねりから、面相の工程まで、一人の人形師が20~60日の時を費やし精魂込めてつくりあげます。
あくまでも手作りの伝統を守り、伝統工芸品としての技術の向上に力を注いでいます。
一、土ねり
福岡近郊から掘り出した粘土を乾燥、粉砕、
などをした後たんねんに練り上げます。
二、原型
構想を練り、デッサンしたものに基づいて原型を
つくります。 粘土に、頭、胴、手足などを
彫るように仕上げていきます。
三、型とり
原型から石膏で型をとります。
人体の姿が複雑な作品ほど一体を部分的に数個
あるいは、数十個に分けて型取りをおこないます。
四、生地づくり
原型からとった石膏型に、よく練り上げた粘土を、
型に貼り付けるような感じで、 押し詰めていきます。
五、焼成
むかしは松材を燃やして人形を焼いていました。
今はほとんど電気窯、ガス窯で焼いています。
六、彩色
人形を窯から出した後、胡粉などで、肌の部分を
塗り、次に着物の模様や 帯などの部分を
かきこんでいきます。
七、面相
面相筆を用いて人形の顔の部分をかきこんでいきます。
「口紅入れ」「目入れ」「まゆ毛かき」などを行います。
八、完成
実写性に富んだ「美人もの」と呼ばれる
博多人形の出来上がりです。
博多人形師と祇園山笠

街に飾られる壮麗な飾り山と、街を疾走する豪快な舁き山は人々の心を掴み続けています。
博多祇園山笠の主役となる飾り山と舁き山の制作にあたるのが博多人形師です。
山笠の主役を豪華絢爛にかざる数々の人形は、
博多人形師ならではの細かな感性と匠の「技」によって生み出されているのです。
博多人形師の手によって、博多祇園山笠はより美しく、熱狂的に人々の興奮を掻き立てます。
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